16歳の夜を、ラジオが埋めた。
 
1:00〜3:00
毎週月曜日〜金曜日。
 
毎日寝不足だった。
それでもラジオから離れられなかった。
怒声と悲鳴と叫びを遮ることのできないラジオから。
 
知らない世界、知らない言葉、知らない音楽。
時間の帯を越えるコール音。

ジョカスタ・シェイクスピア
QPちゃん

Hello, may I speak ?

胸に詰まる閉塞感と焦燥と、
広がり続ける空白をコール音が少しだけ埋めた。
 
民主主義的音楽
突然段ボール
暴力温泉芸者

私が好きな音楽とは違うものだった。
今でも好きじゃない。
どんな歌だったか覚えていない。
ドアの隙間から漏れ聞こえてくる音と、
ラジオから聞こえてくる音はとても似ていた。

過酸化水素水が、二酸化マンガンの夢を見ました。

聞いたこともない言葉だった。
余すところ無く伝えようと、
十代を半分しか過ぎていない自分よりも
急ぎ、走り、己に急き立てられた言葉が連ねられた。

己のことを。
世界のことを。
 
なにひとつ、役立ちはしなかった。
そのどれもが染みわたること無く、大人と呼ばれる年齢に私は達した。
 
寝不足の朝を叩き起こした声も変わった。
朝を横切るコール音は途絶え、一日の終わりに流れる声も消えた。
そして私はラジオに背を向けた。

それでも時折、ラジオをつける日がある。

周波数もろくに見ずつけたラジオはどれも同じに聞こえる気がして、
だから闇雲にチューナーを回すけれど見つからない。
 
あの場所は、何処へ行ってしまったのだろうと。
大蒜の薄皮を剥く。
 
青森産の大蒜を丸ごと、ひたすら剥く。
安いからと中国産の大蒜を買ったら、黴だらけでがっかりしたから青森産。
 
電子レンジで温めると簡単に剥けるというのだけれど、何となく手で。
暫くの間、爪に大蒜の匂いがついて離れなくなるけれど気にしない。
ごろごろと大きな大蒜の粒を縦半分に切って、芯を取り出す。
芯を取り出したら、無心にすり下ろす。
たまに滑った指まで一緒にすってしまって、小さな悪態を吐く。
(あの情けなさは、どうしたことだろう。)
生姜と玉葱も、一緒にすり下ろしてしまう。
冷蔵庫にあれば、ほんの少しのセロリもすり下ろす。
 
半分以上残した大蒜は、5?程度に刻んで醤油漬け。
 
ジップロックに酒・味醂・醤油・生姜・玉葱・大蒜(あればセロリ)を入れる。

まとめ買いしておいた鶏もも肉を一口大に切り、ジップロックへ。
冷蔵庫に半日放り込んでおく。
たまに1日経ってしまうのはご愛敬。(そんな時は、大抵忘れている)

味の染み込んだ鶏肉に、粗挽き胡椒を振り入れた片栗粉を塗す。
気が向いた時は、小麦粉も少し混ぜる。
中温にした油の中へ怖々入れると、鍋はたちまち賑やかな音を立てる。
(何度作っていても、いつでも油はねは怖い)

鶏肉の揚がる音を聞きながら、
シンクに寄りかかって何度も読んだ本を読む。
カラカラという音だけが、夜の台所へ響く。
テレビは見ない。何故かは分からない。いつも本。
大抵は、料理の本を読む。或いは料理の出てくる小説とか。
 
こんな夜更けに、こんな大量の唐揚げ。この後どうしよう?
ちらっと思うけれど気にしない。

(これ食べたら、今日は外に出られないよなあ)
(唐揚げって冷凍できたっけ?)
 
眠れない日、何もない日、思い出したくないことを思い出した日。
寂しさは埋まらない。悲しさは薄まらない。空白の大きさも変わらない。

けれど少し呼吸が楽になる気がして、台所に立つ。
 
胸に降りる、空白。
 
ふと目が覚めてしまった、夜の真ん中。
思いがけず放り出されてしまったような感覚。

しん、と静まり返った部屋。
遠離る救急車のサイレン。
時折通る、車の音。
眠るに眠れず、横たわる布団の妙な熱さ。

誰にも会わない日曜日の夕方。
一度も鳴ることの無かった電話。
誰もいない家の中へ放つ「ただいま」

そのどれにも似ていて、似ていない、空白。
欠けも満ちもしない、空白。

どんな楽しさも、その空白を埋めることは出来ない。
ものすごくおいしいものを食べて、大好きな人たちと遊んで、
かつて読んだ絶版本を見つけて貪り読んでも。

眠る猫を無理矢理抱き上げて、撫でる。
その細い抗議の声と、抱いた掌に伝わる振動に少し安心する。
猫は、空白の形に少し似ているのかもしれない。ほんの少し。

泣きはしない。
笑いもしない。

何をどうすることも出来なくて、ただ困っている。

エンジンをね。

2003年4月8日 寝言
あたためています。
 
相変らず根性無しで
大切な人をすぐに傷つけて
自分から大事なものを壊してしまっています。
 
自分にがっかりします。
でも、がっかりしているだけじゃ駄目だよね。

走らなくちゃ。

今度は傷つけないように。
今度は壊さないようにと願いながら。

傷つけてしまって、壊したものは戻らなくても。
走り慣れてないからきっと、
すぐに息があがってしまうだろうけれど。
同じことを繰り返したくないよ。
難しいことかもしれないけれど。
本当は、傷つけて壊してしまったものを
取り戻したくて仕方が無いのだけれど。
せめて、次には傷つけたり壊したりしないように。
 
涙目になっても走ろう。
 
そのためのエンジンを、あたためよう。
大丈夫、季節はあたたかくなってきているから。

エンジンだってすぐにあたたまるさ。
 

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