「田舎はええよ」と言われるたびに、困っていた。
 
遊上は浅草生まれのチロリン村育ち。
「チロリン村」とは、友人達がつけた名前だ。
あまりにも何も無いので冗談半分に付けられた。
(てことは多分、半分本気だ)
物心ついてからこの方ずっと住んでいる。
つまり生まれ故郷は浅草で、
育ったのはチロリン村ということになる。

けれど浅草に対して郷愁を感じることは無い。

祖父母は物心つく前に亡くなり、
母が昔住んでいたという家はとうに叔父の家となり。

親戚付き合いという概念そのものがとても希薄な母一族にとって、
親族の家へ遊びに行くという風習は無く。
(お陰で今に至るまで親族付き合いというものがよくわからない)

だからたまに訪れるその街は、
いつ行っても何処か観光気分が抜けない。

「東京は嫌やな、空気が汚いし人が多過ぎる」

言われるたび、悲しい気持ちになった。
確かに排気ガスの匂いでくらくらするし、人が多過ぎる。しかし。

「そう言われても、ここで育ったし」
…としか答えようが無かった。

遊上は横浜の端っこで子供時代を過ごし、
思春期を東京の真ん中の学校で見送った。
しかも遊上には、故郷という気持ちがよくわからないのだ。

夕方、新興住宅地を歩く。

同じような家が並ぶ。
真新しい家ばかりが並ぶ。
遊上は今でも両隣の人の名前を覚えていない。

テクテク歩く。

小さい子供とよくすれ違う。
道路の両側には、まだ若い花水木が植えられている。

オパールのような夕暮れ。

薄青い空に、ピンク色の雲がたなびく。
空気がオレンジに染まる。

夕焼けは、空気中の埃が無いと見られないのだという。
だとしたら東京(及びその近郊)は、
とても綺麗な夕焼けが見られる街なのだろう。

ま、いっか。
 
ここより綺麗なところはたくさんある。
空気が綺麗で、空が広くて、緑に溢れて、人が多過ぎなくて。

でもここが、遊上の故郷。

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